京都府(お寺府)の県名とその他の地名の由来

京都府

京都の県名の由来は「みやこ」の意味の漢字が重なってできました。

 

京都といえば古都京都というイメージ。平安京以来、国の首都として「京のみやこ」と呼ばれてきましたが、公的に使われだしたのは北条時政が初代の任についた「京都守護」という役職が最初だと言われています。

 

そして京都府というとかなり昔からそう呼ばれていたように思われますが、実際には名称が正式に制定されたのは明治元年(1868)です。

 

「京」にも「都」にも両方の字に「みやこ」という意味があり、京は「住みやすい丘」が転じて、のちに「君主などの居城がある土地」という意味になりました。都はその意味の通り「人が多く集まる場所」ということから、「君主などの居城がある人が多く集まる場所」のことを表しています。

 

今では世界的に有名な文才産も多く、外国人観光客数でも日本一を誇る京都。その名の通り人が多く集まる県名ですね。

 

西陣

京都の西陣と聞くと西陣織で世界的に有名だから、それが地名の由来だと考えられがちですが、実はそんな地名はありません。

 

京都市は上京区から北区に渡る地域を指す名称です。高級絹織物「西陣織」の産地として世界的にも有名で、耳にしたことのある人も多いと思います。しかし、住所として正式に「西陣」という名はどこにもなく「ここからここまでが西陣」というのも明確に決められてもいません。

 

というのも、その名は応仁の乱で西軍総大将を務めた山名宗全率いる西軍がこの辺りに陣をおいたことが由来だからです。おそらく軍が広く陣を敷いたところがおおまかに「西陣」と呼ばれるようになっていったのでしょう。

 

醍醐僧尊坊町

醍醐僧尊坊町の地名の由来は歴史と寺の町、京都にちなんでおり、濁音だらけの珍名の誕生です。

 

京都には府外の人には読みにくい地名や住所が多く存在していますが、醍醐僧尊坊町もその一つ。歴史と寺の町、京都にあるこの地は「だいごどどんぼう」と読みます。醍醐寺近辺の尊い僧がいる住まい(または信者が泊まる宿坊)という意味なのでしょう。

 

「醍醐僧尊坊町(だいごそうそんぼう)」が人の口に上るうちに、「だいごどどんぼう」に訛っていったのは容易に想像できます。それにしても読みにくいだけではなく濁音だらけのこの語感は相当インパクトが大きい地名です。

 

「そそんぼう」と読む昭和の書物があったらしいので、濁音変化は最近なのかも知れません。地名というのはいつの間にか名称が変わっていくこともあるので、醍醐僧尊坊町もいずれは「だいごどんぼ」、「だいごどん」、「だごどんぼ」などと変化するかも知れませんね。

 

島原

遊楽街は、今も昔も情報に敏感だからついた地名。
当時のニュース・トピックが地名に結びつくこともままあります。京都市西本願寺の西にある「島原」がその典型的な例です。

 

島原は元は「九条の里」という名で、日本で最初の花街として公認された場所だったのですが、時代によって場所も名前も変化していきます。1640年、突然に現在の土地に移動させられることになり、その強制されたありさまや騒ぎぶりが、長崎で起こり、1637年に終結したばかりの「島原の乱」に例えられて「島原」の名がついたといわれています。なお、正式には京都の「しまばら」は「嶋原」と表記します。