京都府(お寺府)にしかない少し変わった条例

水源の里条例(綾部市)

本市の水源地域に位置する集落は、水源かん養、国土・自然環境の保全、心をいやす安らぎの空間等として重要な役割を担っているが、都市部への人口流出や少子化等により、過疎・高齢化が進行し、地域社会における活力が低下している。

 

こうした状況が特に深刻化し、集落自体の存続が危機的状況に直面している集落を水源の里と位置付け、過疎化に歯止めをかけ、地域の振興と活性化を図り、もって住民福祉の向上、地域格差の是正及び本市の発展に貢献することを目指し、この条例を制定する。(前文より抜粋)

 

黙って消滅を待つしかないのか?

群馬県桐生市の「水源村宣言」とダブって見えますが、綾部市がいう「水源の里」とは、いわゆる限界集落のことを言い換えた表現です。

 

人口38000人の綾部市でも、中心地から20キロほど離れた河川の上流域には、過疎が進みすぎて社会生活の継続が難しくなった限界集落が点在します。

 

その人口は5集落で95人。住人全員が65歳以上の集落もあり、冬は雪深く、除雪作業も大きな負担です。そこで、「暮らしの向上」「産業 ・文化の開発」などを目標にした条例を制定。

 

2012年で失効するタイムリミットが付いており、「水源の里」に活気を取り戻すべく、市は短期集中で取り組んでいます。

 

みずから不便な地を選んでいるのに、郵便や医療、インフラの整備を求める限界集落の人々はワガママだ。街に住んで、そこから農村へ「通勤」すれば効率的だとの意見もあります。しかし、そのために新たに道路を造り、クルマを往復させることが、本当に効率的なのか疑問ですし、そもそも、どこに住まいを持とうが個人の自由。

 

水源域が手入れされずに荒れ放題なら、市街地にも影響が生じます。綾部市は、隅っこの集落をバッサリ切り捨てるより「上流が下流を思い、下流は上流に感謝する」という、共存の道を選んだのです。

 

自転車の安全な利用の促進に関する条例(京都府)

16歳以上の人が、6歳未満の幼児1人を乗せる場合、その幼児にヘルメットを着用するよう定めた、全国でも初めてのローカル・ルール。

 

子どもにヘルメットをかぶせず自転車に乗せても、刑事上の罰則が科されることはなく、警官に見つかったときに注意される程度にとどまるでしょう。ただ、子どもを乗せた途端、走行時のバランスが崩れるのは間違いありませんから、気をつけたいですね。

 

文化力による京都活性化推進条例(京都府)

「〇〇力」なるキャッチフレーズが、もはや世間でさんざん使い古され、陳腐化しつつある現状にあって、あえて「文化は、様々な力、いわゆる文化力を有している」と言い切る、けっこう恥ずかしい前文で始まります。

 

要するに、京都の文化を受け継ぎ、発展させていこう、という基本方針を定めた条例ですね。条文全体で「文化力」という表現を22回も使っていますから、よほど気に入ったのでしょう。

 

無火災都市宣言(京都市)

日本が世界に誇る貴重な木造文化財がひしめく土地柄もあり、火事の発生は深刻な問題。「人災である火災は必ず防ぐことができる」という理念のもと、1956年に打ち出された宣言。

 

東村山市(東京都)などでも同様の宣言をしていますが、京都市が全国初らしいです。

 

そして、宣言以来20年連続で市内の火災件数を減少させるという偉業を達成。現在の火災件数も低い水準で推移しており、「高齢者の焼死防止」も新たな対策として加わりました。

 

宇治市の宝木(宇治市)

宇治茶ブランドで全国的に知られる宇治市は、茶の木を「市の宝木」として指定しています。宇治の茶作りは、鎌倉時代からの伝統があるそうですから、市民にとって、お茶の木は、まるで宝物のように大切にすべき植物だという思いが込められるのでしょう。

 

そこまでは結構なのですが、「市の宝木」とは別に、オーソドックスに「市の木」として、宇治市はイロハモミジを指定しました。市のシンボルではあるけれども、「宝木」というほどじゃない、モミジの中途半端な立場が気の毒です。